ついに来た、この質問。

息子が、友達に聞かれたそうです。

「キミのお母さんは、どうしてキミより英語が下手なの?」

って。

いつかは、来る、と思っていました。

これ、今後の日本語維持が上手くいくかどうかの分かれ目です。子どもの周囲、特に親しい友達が、自分の親と、私との「違い」の本質に気がつき始めた、ということです。ここで、子どもが友達に対して、自分の親のことを「恥ずかしい」と思ってしまうと、今後の日本語に対するモチベーションは、がた落ちです。これをきっかけに話さなくなった子、『お母さんの英語は恥ずかしいから友達の前で話さないで、日本語を話すことを知られたくないから日本語でも話さないで(→要するに、自分に関わってくれるな、と言っている)』という理不尽な要求を突きつけた子。そんな話を今まで何度も聞きました。

言葉が下手だ、というのは、短絡的に「頭が悪い」に結びつきやすいですからね。本当は、言葉、というのはただの表層ですから、知性の一環ではあるけれども、それがすべてではないのです。でも、その部分はなかなか、子どもには理解出来ません。

でも、大丈夫。すべてはこの瞬間のために、5年前からコツコツ仕込んで来たんですから。

「お母さんは、子どものころに英語の学校に行ってないからだよ。でも、日本語だったら誰にも負けないよ。アンタの学校で、日本語も英語も話せるのは、あなたとお母さんとお父さんだけだし、お母さんは今、英語の人たちに混じって学校に行ってるけど、英語の人たちより成績いいでしょ。下手に聞こえるかもしれないけど、それは発音が悪いだけだよ。」

うわーすっごい手前味噌だ、と思いながら話しました。

でも、こういう事は、息子はもうすっかり理解しているんです。息子の友達をせっせと家に招いたのも、拙いながら彼らと話をしようと努力したのも、一生懸命頑張って学校に顔を出し、ペアレントヘルプも出来るだけやり、折り紙教えたり持ち寄りランチに巻き寿司を持って行ったりしたのも、すべて、この疑問が出る日のためだったんです。下手な英語しか話せなくても、息子の友達に大人として信用してもらうために。

だから、正直なところ、全然心配していません。
息子は、きっとうまくやってくれるでしょう。

大体、周囲がこういう疑問を持ち始めるのが、女の子で8~9歳、男の子で10歳ぐらいのようです。ここが、分水嶺です。ここをうまく超えるか超えられないかで、ティーンエイジにその矛先が子ども自身に向かって来たときの、自身の心の持ちように差が出ます。

実はこのところ、息子と醜いケンカが絶えず、頭を抱えていました。自分の学校の期末レポートと、息子の学校の行事ごとと、Japanz.Kidzと、夫の長期出張が重なって、さすがにオーバーワーク気味になり、私がちょっとキレやすくなってたのです。とてもじゃないけれど人様になんて暴露出来ないようなことが、この2週間ほど頻発しました。子育て間違ったかな、と、内心だいぶ落ち込みました。

けれど、息子の落ち着いた態度を見ていたら、たぶん、ここまでの子育ては、そんなに大きく間違ってはいなかったんじゃないかな、という気がしました。

clst2 の紹介

ニュージーランド在住18年目に突入。なんでこんなに長くなっちゃったんでしょう?
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