日本で小学校からの英語教育は必要か?

このところ注目して読んでいる記事です。

【校長と母の放課後メール】ーAsparaクラブ
■「英語大好き人間」の種まいて!

私は立場上、最近の日本の英語教育ブームにはものすごく疑問を感じています。
はやくからはじめりゃいいってもんじゃないでしょう、と。
なんていうのかなあ、英語の必要性ばかりが強調されて、その英語を話すために必要な素養を教育する、という部分がすっぽりと抜け落ちているような気がするんですよね。つまり、『自分はいま、何を話したいのか』を、自分自身の力で特定する力、というか。

大変乱暴で非論理的なのは重々承知の上で言いますが、
「言わぬが花」とか、
「言わぬが仏」とか、
「出る杭はうたれる」とか、
控えること、沈黙すること、へりくだること、一歩下がることなどが美徳とされる社会通念のなかで、日本人、というのは、発言する力を培うための教育をきちんと受けてきていないのです。このことは、私も本格的に英語の勉強を始めてから心底痛感しました。

英語は、「いま自分は何を話そうとしているのか」をきちんと把握できていないと話せない言語です。
何しろ、主語の次に動詞が来てしまうのですから。日本語のように、話しながら語尾を言い切りにするか「思います」と濁らせるか考えている余裕は、ないのです。

それに、日本人は相変わらず英語教育に幻想を抱きすぎているよなあ、と、これも本当によく感じます。

先日から、アメリカの言語学者による継承語教育の実用書を読んでいます。著者はフランス人で、母語はフランス語ですが、すでに在米20年以上になるそうです。ふたごの女の子のお母さんで、お子さんをフランス語で育てています。

彼女はアメリカの大学で、英語を媒介として言語学を学びました。それゆえ、自分の描いた言語学関係の本の内容を、フランスの友人や知人にフランス語で説明するのに困難を感じるそうです。一方で、英語の子どもの絵本には、未だに未知の単語を発見するのだそうです。

ひとは、その言葉を学んだ環境に即した語彙を習得するものです。英語とフランス語、という、比較的両立しやすい言語のバイリンガルである言語学者ですら、そうです。子ども時代を英語で過ごしていないから、絵本には今でも知らない単語があるわけです。当たり前です。
ところが、日本人の持つ『バイリンガル』のイメージは、なんかものすごく超人的なのですよね。
日本語でも英語でも、すべてのことが理解でき表現できる、みたいな。
そんなこと、出来るはずがないのです。

さらに、成人バイリンガルの発音に関しても日本は恐ろしく不寛容です。
『使える英語』が必要だというなら、母語なまりがあろうとなかろうと、通じればいいではないですか。
そこへ何故、ことさらに発音にこだわり、乳幼児期から英語のCDをかけ流す、などということを勧めるのだろうか、と、私はフシギでなりません。言葉というものの本質、『コミュニケーションツール』なのだということを見誤り、使うのは人間だ、ということが見落とされてしまっているような気がしてならないのです。

英語に堪能な人材の不足が今の日本に不利益を及ぼしていることは、わかります。ですから、「英語を話せる日本人」を育ててゆくことが必要だ、というのも理解します。ですが、そのために必要なことは全く違うアプローチなのではないですか?

日本の英語教育は、乳幼児期の日本語教育から始めるべきだ、と私は切に思います。

clst2 の紹介

ニュージーランド在住18年目に突入。なんでこんなに長くなっちゃったんでしょう?
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日本で小学校からの英語教育は必要か? への3件のフィードバック

  1. Miho のコメント:

    少なくとも妙な英語アレルギーは見られないので
    私は中学生の親として、小学校から英語の授業があって良かったと思ってますよ〜。
    授業時間数も、今小学生の娘の方が増えてます。
    身につけた道具を、その後どう使うかは本人次第ですが
    少なくとも、外国語=難しいという感覚は
    私たちの世代よりは、かなり現象傾向にあると感じますね。

    特に英語が好き、英語を身につけて何かをしたいと思ってる訳ではない子でも
    中学生と接していると何かと、今日覚えた英語で話しかけてくる子が多いし(笑)
    ただ、中学へ行った時に英語を話せる先生と、英語を話せない英語の先生になるかで
    ここで道がかなり大きく分かれてしまいます。
    今自分が持ってる道具(中学生英語)で、どれだけ人に何かを伝えられるか?
    それを中心に教えてくれるのは、もちろん前者の先生なので。

  2. clst2 のコメント:

    Mihoさん、現場からのお声有り難うございました〜。
    確かに、早く始めれば英語アレルギーが無くなる、というのは一理ありますね。
    そういう意味での利点は大きいかも。

    うーんなんかね、早く始めることそれ自体に反対なわけじゃなくて、
    要は、英語より先に国語なんとかしろ、と言いたいのですね。
    国語をなんとかしてから英語いじろうよ、みたいなね。
    英語という道具を使うための筋力トレーニングみたいなもんですからね、国語は。
    筋肉がふにゃふにゃしてるとこへともかく道具だけ持たせて、筋力をつけることはそっちのけで
    道具の質ばかり云々言ってる、というきらいがあるような気がするんですよなあ、エラい人たちは。

    まあ現場を見てないのであんまり言い過ぎるのもなんなんですけどね。

  3. 鉄火のマキ のコメント:

    私もclst2さんの意見と同じで、日本人に一番必要なの自己主張力とベースになる筋の通った論理的な物の考え方だと思っています。
    小学校の英語で「英語って楽しい」という気分にさせても、日本の受験英語が変わらない限りは、
    遅かれ早かれ英語嫌いになってしまうのではないでしょうか。

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